・昨日、ハンガリーから戻ってきた。

最後の数日はブダペストにいたんだが、最も問題だったのは荷物の纏め。
他の所はちょっとした重量オーバーは見逃してくれるけど、フィンランド航空は意外に厳しい。
母もい以前は1.5キロオーバーでプラス料金50ユーロかかったとか;

それで、自分が纏めたトランクは、ブダペストへ持って行った地点で25キロ。
更に入れたかったけど、許されるのは23キロまでで、寧ろ一部を手荷物へ移さなければならなかった;
新しく買った皮ジャン、この時期では物凄く暑いんだけどね;しかし、それを着て、更に服の一部もリュックの中、閉め辛い状態;

そんな、いつも以上に多い荷物で空港へ。
毎度のようにそこで何冊かのギャグ雑誌を買う。乗り換えまでの短期間の飛行機で丁度読み切れるからね。

ヘルシンキは、乗り換えにたった一時間。
移動はなんとか時間内に済ませられるけど、荷物をちゃんと移してくれるか心配だ;

しかし、ヘルシンキ空港でフィンランド航空のマイレージも作ることになる。
というのも、スタッフが余りにも美人だったw見たらどこまでもついて行ってしまうような瞳で、おまけに、空港のスタッフの割には、コスチュームがノースリーブ、密着のタイツがよく見えるという、これが街中なら絶対に怪しいと思って近づかないんだけど、空港の中は恐ろしく警備が厳重だからそういうのは先ず入り込めない。無料だし時間もたった数分だから作っておいた。今回の旅の分もポイントに足してくれるようで助かる。

ヘルシンキからの成田行き、余りにも狭苦しくて一睡もできなかった。
朝7時半くらいに到着、いつも通りたまプラーザ行きのバスで帰り、その後電車で帰宅。

そこで最初の衝撃は、裏庭に物凄いゴルフネットがある。
大家が設置したけどかなり邪魔;裏に置いていたバーベルもあれがあったら片づけられないし、
物干しのロープも張れない。物干し台は買ってくれるって言われたけどね。。。
2012.10.27 Sat l 未分類 l Comments (0) Trackbacks (0) l top
・明日、というか日本の日付では既に今日、日本へ戻る。到着は26日の朝。

先日ヴェスプレームの実家を去ってからブダペストにいる。
23日は、国会議事堂の前で行われた俗称”ハンガリー動乱”の、「’56年の56周年」イベントに参加した。(>あの革命があっただけに「56」という数字はハンガリー人にとって印象的で、社会主義の頃は、宝くじで「56」が出てもやり直したという噂まであるw)

EUに利用されっ放しなのを拒んでいるオルバーン首相のスピーチに約40万人が参加。ブダペスト周辺の全人口が凡そ2百万人だから、かなり大きい数字。
1月にも、彼のそうした政策に不満を持つ外国のマスゴミがやたら叩いた際に、国民がどれだけ今の政府を支持しているのかを見せるべく、同じような「平和行進」が行われたけど、ドナウのそれぞれの橋を渡って国会議事堂へ集まっていく人の群れは、ビッグサイトのコミケ以上だよ(笑)

で、それに対して、権力欲しか頭に無い前政権の連中はというと・・・
・・・先代首相、相棒曰く”バイナイポンポイプワプワプー”ことバイナイ氏が(←ぶっちゃけそれ、藤原はづきに大して物凄い失礼だと思うんだがw)、奴の有り余る程の金で何とか2万人を集めて反政府デモを行った。
バイナイは、他に引き受ける人がどうしてもいなかった結果首相になった2009年の頃も無所属で、そもそも政治活動は完全に場違いなビジネスマン。
今回のデモで、やたらオルバーン首相をファシストの犯罪者呼ばわりして根拠の無いことを叫びまくり、だけど、今の与党に失望した右派も歓迎する、とか言う。今の与党に失望している右派というのは、極右の、それこそファシストに近い人がいる一味なのにw

TVでちょっと採り上げられていたけど、権力が相手側にあるのを妬んでいるだけなのが余りにも明らかで、寧ろ恥をかくレベルのスピーチだった;

でもって、奴は現在、新しく政治団体を結成したんだけど、今後政党になって今の政権を倒そうとか考えている。なんか、他でも聞いたことあるせりふだな、おいw


・・・と、まぁともかく、26日からはまた日本にいる。
残った写真は戻ってからアップ予定。
プリキュア4週間分、撮れてますように・・・w
2012.10.25 Thu l 日記 l Comments (0) Trackbacks (0) l top
・今日(日本時間では既に昨日)、昼過ぎ頃に行き成り友人が入ってきて、これから自転車ツアーにいかないか、と言われた。ヴェスプレームから先ず南下してから、森を抜け、幾つか村を巡って、町からは12キロほど離れた所にある、彼が昨年格安で手に入れた所有地へ行ってから、戻ってくるという旅。
ある程度時間はあるのでOKしたのだが・・・

・ヴェスプレームから南へ向かって最初の村、セントキラーイサバディアから東、森の中へ。
というか、ここには、今や誰も住んでいないゴーストタウンがあるらしい。
嘗てはソ連軍の基地があって、奴らがその近くに自分たちだけの町を建て、奴らの子供だけが通える学校とか、映画館やら劇場やら、ソ連兵の特権で行けるものがあったけど、撤退してからは誰も住まなくなり、夜になるとまるでゴーストタウンだという;
ここ周辺の市町村に関して日本語のページを書いたときそれぞれの歴史も調べた自分だけど、これは初耳。実家の近くにドムドーラやテドンのような場所があったとは、驚きw(何)

そこから森を抜け、最終的に、友人が所有する土地があるショーイの村へ。
自分が自転車慣れし過ぎているのだろうけど、然程ハードには感じなかったのに、友人と、ついてきたもう一人はやたらダウンして止まらなければならない;この友人も一応、よくこういう森のサイクリングをやるとのことで、下手したら自分と同レベルかと思ったが・・・;

で、この土地なんだけど、友人が一昨年、540平米を僅か30万フォリント(今だと10万円くらい、当時でも12~3万円程度)で買ったという。これが東京なら少なくとも1000倍はするだろうと教えたら真っ青になってたw
しかし、購入時に当時の彼女の名義にしてしまい、その彼女と数ヶ月前に別れた結果、土地も持っていかれて、本来、我々が勝手に入ってはいけなかったんだよねw

それで、帰りなんだけど、一応、ヴェスプレームまで国道が村の近くを通っているものの、そこは流石に自転車で走るのは禁止で、やはり森の中の道を行く。
所が、暫く走ったら、道を知っている筈の友人が、「実は俺もここを通るのは初めてなんだよね」と白状;もっと早く言えっつーの!;これじゃ完全に「迷いの森」状態、それも、俺以外の二人は完全にバテているので、道を探す気力も無い、と言ってくる;
ヴェスプレームの町並みが遠くに見えてくる所までは進んだけど、その先自転車で通れる道がどこにあるのか、さっぱり;で、友人はギブアップし、国道へ出たら、新しい彼女に電話してトラックで迎えに来てもらう結果にw(この友人は車の修理が本業で色んな車を持っている)
そして、座席は満員になるから、私を含めた一部は荷物の所へ乗る羽目にwこれ、ぶっちゃけ違法なんだけどね;

そんなわけで、忘れられない冒険になった1日であった・・・w
2012.10.05 Fri l 日記 l Comments (0) Trackbacks (0) l top